大津地方裁判所長浜支部 昭和62年(ワ)3号 判決 1988年3月10日
原告
江菅春子
ほか一名
被告
阪田之弘
主文
一 被告は原告らに対し、それぞれ金九七五万五五七九円及び右各金員に対する昭和六二年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一求める裁判
原告ら
一 被告は原告らに対し、それぞれ金一三四一万〇六四四円及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行の宣言
被告
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
左記の交通事故によつて訴外江菅マサエ(以下、「マサエ」という。)は死亡した。
1 日時 昭和六一年四月二九日午後七時三〇分ころ
2 場所 滋賀県東浅井郡浅井町大字八島七五一番地先国道三六五号線
3 加害車 普通乗用自動車(滋五六り一二三一、以下「被告車」という。)
4 右運転者 被告
5 事故の態様 マサエが小型特殊自動車(農耕用トレーラー)を運転して国道三六五号線を進行中、被告の運転する被告車が後方から右トレーラーに追突し、マサエを全身打撲によつて即死させたものである。
二 責任原因
前方不注意、車間距離不保持等の過失による民法七〇九条の責任
三 損害
(1) 逸失利益 金六二九万六二八一円
マサエは大正八年一一月三〇日生まれの六六歳の女性で、本件事故当時健康体であつた。そして滋賀県東浅井郡浅井町大字八島に一九八・六アールの田を所有し、農業用トラクター一台、耕運機一台、田植機一台その他の機械を使い、女手一人で農業を営んでいた。
税務署の農業所得算定表によれば、右八島の田の一〇アール当たりの農業所得は、
昭和五九年分 九万五六〇〇円
昭和六〇年分 八万一二〇〇円
昭和六一年分 九万一四〇〇円であるから、右三年の平均額は八万九四〇〇円となり、マサエの農業所得は年間一七七万五四八四円となる。
そして、マサエは農家の一人暮らしで、農業者年金が年一六万三三〇〇円、国民年金が五一万二六〇〇円支給されていて、年金収入分が生活費に充てられるので、農業収入分についての生活費控除割合は多くても三割以下である。
マサエの就労可能年数は、同人が健康で農業をしていることから九年(ホフマン係数七・二七八)であると被告と合意した。
そうすると、マサエの逸失利益は
八万九四〇〇円×一九・八六×七・二七八×〇・七=九〇四万五三八〇円となるが、うち金六二九万六二八一円を請求する。
(2) 年金の喪失分 金三六二万五〇〇八円
被告は、マサエの農業者年金一六万三三〇〇円、国民年金五一万二六〇〇円の喪失分について支払うことを同意した。
そして、農業者年金の喪失分は金八九万六五九八円、国民年金の喪失分は金二七二万八四一〇円である。
(3) 葬儀費 金七〇万円
(4) 慰謝料 金一五〇〇万円
マサエは本件事故当時六六歳の健康な女性で、一人で農業をしており一家の柱であつた。平均余命は一七、八年である。後継者として原告江菅春子の子を養子にすることになつていたが、本件事故のため、養子縁組ができないまま死亡したことはマサエにとつて残念なことであつた。また本件事故は追突事故であつて被告の一方的かつ重大な過失によるものである。
したがつて慰謝料の額は金一五〇〇万円を超えるものというべきである。
四 相続
原告春子はマサエの姉、同山本幸枝は妹であり、他に相続人はいないから、前記マサエに対する損害賠償額について原告らは各二分の一あて相続した。
五 弁護士費用
原告らは原告ら代理人に対し本件の損害賠償請求手続を委任し、その費用として各六〇万円を支払う旨約した。
よつて、被告は原告らに対し、本件事故に基づく損害賠償として各金一三四一万〇六四四円及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをする義務がある。
第三請求原因に対する認否
1 請求原因一、二及び四の各事実は認める。
2 同三(損害)について
(1) 逸失利益について
マサエが大正八年一一月三〇日生まれの女性で、一九八・六アールの田を所有していることは認める。同人が一人で耕作していたことは不知、生活費の控除割合が三割であることは争う。就労可能年数が九年であることは否認し、被告がマサエの就労可能年数を九年とする旨同意したことは争う。マサエは本件事故当時六六歳であり、広大な農地をその後一人で九年間も耕作することができるとは考えられない。マサエが後継者を求めていたということであるなら、引退もしくは後継者との共働を考えていたものである。就労できるのは七〇歳までであると考えるのが妥当である。
(2) 年金の喪失について
支払いをする旨同意したとの点は争う。
国民年金(老齢年金、通算老齢年金)の受給権は一身専属であり、相続の対象にはならないから(国民年金法第二九条)、その喪失による逸失利益の賠償は認められない。
農業者年金についても、農業者年金基金法第四五条、第四九条は、受給権は受給権者が死亡したときは消滅すると定めていることからすると、受給権は相続の対象にならず、その喪失による逸失利益も賠償の対象にはならない。
(3) 葬儀費について 認める。
(4) 慰謝料について 争う。
マサエは扶養するべき同居人はなく、高齢の独身者で直系の法定相続人もいないから一家の支柱とはいえない。
3 同五(弁護士費用)は不知。
第四証拠関係 本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。
理由
一 請求原因一、二及び四の各事実は当事者間に争いがない。
二 損害について
(1) 逸失利益について
マサエが大正八年一一月三〇日生まれの女性であり、滋賀県東浅井郡浅井町大字八島に一九八・六アールの田を所有していることは当事者間に争いがない。
イ 農業所得の額
右の争いのない事実に成立に争いのない甲第一、第三、第四、第六号証及び証人江菅啓の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、マサエは右田を一人で耕作しており、その総収入から経費を差し引いた結果である農業所得は、本件事故前三年の平均額は一〇アール当たり八万九四〇〇円であることが認められ右認定に反する証拠はない。
ロ 生活費控除割合
右の争いのない事実と前掲江菅証言によれば、マサエは農業をして一人暮らしをしている独身の六六歳の女性であり、普段質素に生活していることが認められ右認定に反する証拠はない。また農業者年金として年一六万三三〇〇円を受けていたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証によれば、国民年金として、昭和六一年四月以降は年五一万二六〇〇円に増額されたものを受けることになつていたことが認められ右認定に反する証拠はなく、原告らの主張にもあるとおり右年金収入は生活費に充てられるものと推認される。
以上の事情を踏まえると、農業収入に対するマサエの生活費の控除割合は二割五分であると見るのが相当である。
ハ 就労可能年数
マサエは前記認定のように、六六歳の女性で一人で農業をしていたが、前掲江菅証言によると、マサエは健康で広い田を一人で切り回すことができる力をもつていたことが認められ右認定に反する証拠はない。
しかしながら、マサエはすでに六六歳の老齢にあつたから、事故の時点においては健康体であつたとしても、年齢を加えると共に徐々に衰えていくことは確かなものとして予想され、しかも右田は一九八・六アールと広いためそれを一人で耕作することの困難さを考慮すべきである。しかも成立に争いのない甲第一号証と江菅証言によれば、マサエは後継者として昭和六一年秋ころには、原告春子の子貴穂を養子とすることが決まつていて、現に自己が耕作した農産物を貴穂名義で農業協同組合に販売していたことが認められ右認定に反する証拠はないことからすると、マサエが今後長期に亙つて一人で右田を耕作していくものと予想することは困難で、むしろ近い時点において貴穂にすべて譲るか共働して耕作する可能性が大きかつたものと推認される。
以上の諸事情を踏まえると、マサエの就労可能年数は最大五年(ホフマン係数四・三六四)と見るのが相当である。
なお、原告らと被告間において、マサエの就労可能年数を九年とする旨合意した事実を認めるに足りる証拠はない。
以上の考え方によつてマサエの農業所得逸失利益を算定すると、八万九四〇〇円×一九・八六×四・三六四×〇・七五=五八一万一一五九円となる。
(2) 年金の喪失分について
被告が主張するように、確かに、農業者年金、国民年金とも一身専属的受給権であることが認められるが、マサエが本件事故に遭わないで生存していたならば右年金は引き続き支給されるのであるから、本件事故によつて死亡させられたことによつてその支給がなくなるということは、まさに得べかりし利益の喪失になるというべきである。
しかしながらすでに説示したように、右年金分は農業収入の生活費控除割合を判定するに当たつて、すべて生活費として消費されるものとして評価しているのであるから、独立に年金喪失分は存在しないことになるというべきである。
原告らと被告との間において、年金喪失分を支払う旨の合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 葬儀費が金七〇万円であることは当事者間に争いがない。
(4) 慰謝料について
すでに説示したマサエの年齢、健康状態、仕事の状況、一人暮らしであり、相続人は姉妹である原告らのみであること、本件事故によつて後継者との養子縁組ができなかつたこと、事故の態様その他諸般の事情及び同種事案についての一般的な取扱いを考慮すると、慰謝料の額は一二〇〇万円と認めるのが相当である。
そうすると、以上の損害賠償金一八五一万一一五九円を原告らがそれぞれ二分の一の金九二五万五五七九円あて相続することになる。
三 弁護士費用について
弁論の全趣旨によつて原告らが本件訴訟の遂行を原告訴訟代理人に委任したことが認められるところ、事案の難易、審理の経過、認容金額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告に負担させることができる弁護士費用の額は、原告らにつきそれぞれ五〇万円とするのが相当である。
四 結論
よつて、原告らの本訴請求は、被告が原告らに対し、それぞれ金九七五万五五七九円及び本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和六二年一月三一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 加島義正)